歴史的にみた絵画の遠近法

【書評】『遠近法の精神史』佐藤忠良、中村雄二郎、小山清男
若桑みどり、中原佑介、神吉敬三、平凡社、一九九二年




遠近法の歴史を古代からピカソの時代まで、豊富な絵画の実例を使って考察した書物。一連の連続講義の形で、それぞれの専門分野について、遠近法をさまざまなアプローチで考察する。たのしく読める一冊だ。



彫刻家の佐藤忠良は、目と手というテーマで、自作の彫刻、海外の彫刻家の作品、子供たちの作品を見せながら、巧みな話芸で語る。あまり遠近法とは関係ない(笑)が、作品のまなざしの力がよくわかってよい。

哲学者の中村雄二郎は、絵画の遠近法の話しをしながら、「ルネサンスと人間の目の誕生」というテーマで語る。少し雑談(笑)。触覚の中世から視覚のルネサンスへ、北欧的な客観的な科学の視線の知から、南欧的な演劇的な知へという図式的な講演になる。

美術史家の小山清男は、「遠近法の成立」で、古代の遠近法の「魚の骨」の構成から、ルネサンスにおける線遠近法がどのように成立していったかを、絵画に実際に線をひくことで、わかりよく説明してくれる。フラ・アンジェリコの三枚の受胎告知の絵を示しながら、視野がどこに設定されているか、設定場所に応じて、みえかたがどう違うかを説明する。観賞者と絵画の内的な関係を明かして、興味深い。サンマルコ修道院の受胎告知の壁絵は、すごい。

美術史家の若桑みどりは、線引きは苦手だということで、ルネサンスからマニエリスム、そしてバロックにいたるまで、一度確立された線遠近法がどのようにして崩され、新しい空間感覚が発生するかをていねいに説明する。

美術評論家の中原佑介は、「タブローとパノラマ」というタイトルで、一九世紀に流行したジオラマとパノラマをさまざまな実例で示す。パノラマの世界観について考えるのは楽しい。

美術史家の神吉敬三は、「遠近法の反逆と挑戦」というタイトルで、ルネサンスの線遠近法がいかに窮屈に感じられていったかを説明しながら、ピカソまでの変遷を詳しくたどる。ピカソに重点をおき過ぎた感はあるが、わかりよい説明だ。線遠近法ではタブローのすべての場所をこと細かに描く必要があり、ここでは主体が風景のほうに吸い込まれる。

空気遠近法では、これを画家がいちど跳ね返して、主体の側に吸収する。印象派ではさらに風景を網膜にうけとった知覚にまで還元してしまう。キュービズムでは、対象は完全に分解され、主体が望む場所に配置される。遠近法をめぐる歴史は、自然のみかたそのものの変化を反映していることがよくわかる。

2003年10月2日
(c)中山 元

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