西洋の一神教の壮大な歴史

カレン・アームストロング『神の歴史』高尾利数訳、柏書房、一九九五



西洋の一神教の歴史を、ヘブライの神からキリスト教、イスラーム教と順にたどって、宗教改革、神秘主義、現代の原理主義にいたるまで、統一的にみわたそうという壮大な歴史。五〇〇ページほどのうちにこれをすべて盛り込もうというのだから、無理は無理なのだが、つい誘惑されるような試みだ。


著者は修道女だったそうだが、その経験を描いた書物で有名になり、現在では大学で宗教学を教えているという。深さは期待できないが、ともかく見通しをつけようという試みは高く買う。いくつか感じたことを。まずユダヤ教についてのまとめのコメント。ユダヤ教はキリスト教とは違って世界宗教にはなれなかった。しかしタルムードなどで展開されたユダヤ教に独自の叡智があるが、それはどこから、どのようにして生まれたのだろうか。
「イスラエルの神は、時としてもっとも性なるものではない非人間的な残酷さを勧めているように思われた。だが何世紀もかかってヤハウェは、人々が仲間の人間にあわれみや尊敬を養うのを助けうるような理念になった」(114)ことについて、もう少し考えてみたい。著者はキリスト教と同じ伝統のうちにあったと言うだけなのだが。

三位一体が、ギリシア人にとっては「ただ直観的にのみそして宗教的経験の結果としてのみ把握されるドグマ的心理なのである。それは論理的には、もちろん何の意味もなさないのである」というのはおもしろい(166)。ぼくたちはどうしてもそれを理性的に考えようとするからだ。それは神の神秘に直面する道なのだという。瞑想の結果にすぎないと。しかし三位一体の形而上学はやはり展開すべきではないのか。うーん。

これに関連してアウグスティヌスの三位一体論が、ギリシアの伝統とは明確にことなるという指摘は正しいだろう。アウグスティヌスにおいてこの理論は記憶、理解、意思という魂の構造論に転位する。「われわれの心の内に連続する神の臨在感を養うことによって、三位一体は開示される」(172)のである。「この知識は単に頭脳が情報を獲得することではなく、自己の深みに神的次元を顕示することによって、内側からわれわれを変容させる創造的訓練なのである」。たしかに。

『クル・アーン』がアラブ人にもつ力についての記述も興味深い。初めて自分たちの言葉で神の言葉を手にしたアラブ人は、コーランの「言葉の尋常ならざる美を説明できるのは神のみ」(203)だと感じて、すぐに回心するのだという。ぼくもアラビア語を学び始めたが、たしかに美しい言葉ではある。またシーアはではキリストの受肉に近いしそうを構築していったという指摘(225)も興味深い。

神話、神秘主義、神秘という語の語源であるギリシア語のムステイオン(目または口をとじる)は、暗黒の沈黙の経験に根差している(288)という指摘もおもしろい。目から目、耳から耳に伝えられる教えと対照的に、目も口もとざす宗教的な体験をつきつめたところに神秘主義が生まれる。神秘主義の伝統を一章でまとめようとするのは無謀だが(笑)。

啓蒙以降の章は、試みとしてはおもしろいが、それまでの部分ほどに、統一感がないので、雑多で浅い感じがする。ニーチェやフロイトを数行で触れようというのが、そもそも無理なのだ。河の流れが分岐しすぎていて、どうにもまとめられなくなっている。ご苦労さまというしかないかも。でも楽しんで読めた。

データ
タイトル 神の歴史 : ユダヤ・キリスト・イスラーム教全史
責任表示 カレン・アームストロング著
責任表示 高尾利数訳
出版地 東京
出版者 柏書房
出版年 1995.5
形態 549,30p ; 21cm
シリーズ名 ポテンティア叢書 ; 38
注記 原タイトル: A history of God.
ISBN 4-7601-1146-8
入手条件・定価 5800円
全国書誌番号 95056516
個人著者標目 Armstrong,Karen.
個人著者標目 高尾, 利数 (1930-) ‖タカオ,トシカズ
普通件名 ユダヤ教 ‖ユダヤキョウ
普通件名 キリスト教 ‖キリストキョウ
普通件名 回教 ‖カイキョウ
普通件名 神 ‖カミ
NDLC HR15
NDLC HP41
NDLC HR46
NDC(8) 199
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000002410895

案内文
世界宗教として、君臨するキリスト教とイスラーム。
迫害と離散の歴史に彩られ、誰もが注目するユダヤ教。
これら中東に源を発する宗教の変遷を「一神教」史として説き起こす英米のベストセラー。
仏教、ヒンドゥー教、ギリシア・近代哲学を巧みに媒介しながら、真理の歴史性と唯一神の変遷を綴る。

1 太初に…
2 ひとりの神
3 異邦人への光
4 三位一体 キリスト教の神
5 統一 イスラームの神
6 哲学者の神
7 神秘主義者の神
8 改革者にとっての神
9 啓蒙主義
10 神の死?
11 神に未来はあるか?
三大一神教4000年の歴史を1冊に凝縮。中東に源を発する三つの宗教は相互に激しい敵意を抱きつつも不思議なほどの類似点を持つ。人間にとって信仰とは何か,神は死んだのかを問う世界的ベストセラー。著者は修道女経験7年の宗教学者。

  序論
1 太初に…
2 ひとりの神
3 異邦人への光
4 三位一体 キリスト教の神
5 統一 イスラームの神
6 哲学者の神
7 神秘主義者の神
8 改革者にとっての神
9 啓蒙主義
10 神の死?
11 神に未来はあるか?
  用語解説
  訳者あとがき
  事項索引
  人名索引
  主な登場人物
  原注



2003年11月7日
(c)中山 元

ビブラリアに戻る