ポリスの外部で生きる人々

アクセル・ホーネット『承認をめぐる闘争』山本・直江訳、法政大学出版局、二〇〇三年九月



やっと邦訳がでたホネットの政治哲学の注目書。承認論をめぐっては、ホネットはその後もフェミニズストたちなどとも論争を重ねている。ハーバーマスの強い影響下のうちではありながら、ホネットが承認論を初めて本格的に展開した書物だけに、興味深い。

ハーバーマスの初期ヘーゲル論を引継ぎながら、ホネットはイエナ体系構想の時代のヘーゲルの理論に、三つのレベルでの承認論をみいだす。特別な他者との愛、第三者との法、第三者との連帯である。ヘーゲルの『精神現象学』では承認論が主奴論となって、原初的な承認論がもっていた豊穣な理論がやせてしまうとホネットは考える。

ヘーゲルがホッブスの理論に依拠して自然法の枠組みで承認を考えるとき、たがいに相手を否定するコンフリクトのうちに主体はおかれるが、ヘーゲルはホッブスとは違って、愛の関係のうちにしか、主体とその承認が起こりえないと考える。「自然状態におけるコンフリクトには、相互行為のパートナーとしての互いに相手を肯定することによって成立する主体のあいだの暗黙の同意が前提されていることを、ヘーゲルは正当にも結論する」(63)のだ。

ここにフィヒテの影響をみるのは、容易だろう。しかしヘーゲルはここから、第三者とのして社会に移行する。フィヒテでは社会が道徳的な領域から演繹されるが、ヘーゲルは承認の運動のうちから社会への必然的な移行を示すのだ。社会はヘーゲルにおいて、初めてその固有の質と成立の必然性が示される。

ホネットはハーバーマスにならって、ミードの社会心理学でこれを裏付ける。ウィニコットまで使う必要があったかどうかは疑問だが、ミードの主我と客我の理論が、フィヒテとは違って、社会と「一般化された他者」を導くのに役立つのはたしかだ。ミードの理論は、「人間の自己意識をめぐる間主観性論的に構想に到達することを可能にした」(100)のだ。
ただここで構築された社会の概念にたいして、ホネットが「連帯」の概念から考えようとするのが適切なものかどうか、人間の精神の運動として、もっと別の道筋が考えられるのではないかというのが、ぼくの前からの疑問である。他者からの評価というのは、権利の承認という法の段階と同じ水準にあるのではないか、運動はもっと別のところまですすんでいるのではないか。

すでにこの領域はヘーゲルの『精神現象学』で、たとえば徳の騎士などの段階で描き終わっているのではないか。主体は他者と共同体の外部の視点を契機として、すなわち第一の承認と第二の承認の否定的な契機をてがかりにして、自己の共同体の外部へと赴くのではないかと思う。174ページの図の構成は少しもの足りない。ミードがわずかに素描していように、共同体の内部から、共同体を開いて、改造していく視点が生まれるはずなのだが。ともあれ、刺激的な一冊。



ショウニン オ メグル トウソウ
承認をめぐる闘争

 社会的コンフリクトの道徳的文法

政治・社会・時事

アクセル・ホネット著 山本啓(やまもと・ひらく)訳 直江清隆(なおえ・きよたか)訳 法政大学出版局

本体3200円  20cm 253 25 16p (叢書・ウニベルシタス770 )
分類:361.1 件名:社会哲学 03049241
4-588-00770-X / 2003.09 対象:般
1343号

愛、法(権利)、尊重という3つの承認形式にもとづく初期ヘーゲルの思考モデル「承認をめぐる闘争」の論理を援用して、ハーバマスのコミュニケーション論をまさに批判的に展開させて行く新たな「批判理論」の地平を目指す。

【著者紹介】
〈ホネット〉1949年ドイツ・エッセン生まれ。フランクフルト大学哲学研究所社会哲学教授を務め、社会研究所所長も兼ねる。著書に「権力の批判」がある。

2003年12月16日
(c)中山 元

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