神話の構造分析の入門に最適

レヴィ=ストロース『アスディワル武勲詩』西澤文昭訳、青土社、一九九三年



だいぶ昔に読んだ本だが、ふと思い立って再読。レヴィ=ストロースがカナダの太平洋岸のインディアンの神話とそのヴァリエーションを構造主義的に解読したもの。『構造神話学』のオイディプス伝説の分析を継ぐ神話分析だが、同時に神話の機能的な役割も重視しているところがおもしろい。


レヴィ=ストロースはこの神話がさまざまな対立関係に基づいて、婚姻制度における母方居住制と父方居住制の対立を、とくに食べ物の狩猟や飢饉と結婚の関係という相のもとに描き出していることを示す。説得力のある分析であり、神話分析の手法をわかりやすく教えてくれるものだ。

とくに神話の機能としては、ツィムシアン族の神話がおもしろい。この神話は次のようなものだ。「傲慢で冷酷であった王女は従兄弟に、顔を傷つけることにより自分の愛情を見せてくれと要求する。彼は刃物で顔を傷つけたが、すると彼女は、その醜さの故に、彼を拒む。絶望に陥った彼は死のうと思って旅に出、畸型の王「悪疫」の国を冒険する。「悪疫」は、厳しい試練に耐え抜いた彼を魅力的な王子に変えてやる。今度は従姉妹が彼を熱愛するが、彼は逆に彼女がその美しさを犠牲にするよう求める。が、それはただ皮肉を言ったにすぎなかった。醜くなった王女は、「悪疫」の同情を惹こうとする。すると、彼の宮廷に使える不具の人々が彼女に襲いかかり、骨を砕き体を引き裂いてしまう」(61-62)。

これを現地の人々は、交叉イトコ婚の際に儀礼の起源を語るのだという。首長の甥は首長の娘と結婚しなければならない。そして娘は自分の結婚に口をはさんではならないことをこの神話が教えているのだという。実際に二つの家族の間で、投石により傷をつけあい、絆を確認する儀礼が、結婚の際に行われるという。

レヴィ=ストロースは「ツィムシアン族の社会構造に固有のこれらの諸対立を明らかにすることにより、「岩底に達する」ことができると思う時……、原住民の思考に捉えられたすべての矛盾は、結局のところ母方の従姉妹との結婚が克服しようとしてできなかった矛盾、目立たないがいかにも現実の矛盾に吸収されるのである。この克服が失敗することを神話は克服しているのであり、このことこそまさに、この神話の機能である」(66)と捉え直す。

神話の人物がセイウチの胃袋を船として、すなわちみずから食物となることで、陸に向かうとき、人々は自分を「魚の相のもとに」みているという指摘は啓発的である(75)。それは人々が自分を鮭とみなす方法、鮭を人間とみなす方法を与えるからであり、そこから鮭にたいする敬意が生まれる理由も語るからである。

また陸と川の二元論的な対立のもとにあるナス川の流域の神話が、海のそばに住むために二元論が薄れているスキーナ川の流域にもたらされると、いかに神話が弱められるか、しかし「限界状態にまで至った時点で、神話がその輪郭をすべて失い決定的に消えてしまうのではなく、逆転し、元の精密さの一部を取り戻す」ことを、ピンホール写真の倒立像の例で語るのも、おもしろい。

データ
タイトル アスディワル武勲詩
責任表示 クロード・レヴィ=ストロース著
責任表示 西沢文昭訳
出版地 東京
出版者 青土社
出版年 1993.11
形態 148p ; 20cm
注記 原タイトル: La geste d'Asdiwal.
ISBN 4-7917-5277-5
入手条件・定価 1600円
全国書誌番号 94039694
個人著者標目 Levi-Strauss,Claude (1908-) ‖Levi-Strauss,Claude.
個人著者標目 西沢, 文昭 (1946-) ‖ニシザワ,フミアキ
普通件名 神話(インディアン) ‖シンワ(インディアン)
普通件名 神話 -- カナダ ‖シンワ -- カナダ
NDLC G189
NDC(8) 389.51
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000002318016






2003年11月17日
(c)中山 元

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