ヘレニズム哲学の入門書として一押し

A・A・ロング『ヘレニズム哲学』京都大学出版会、二〇〇三年六月





この分野の硯学で第一人者のロングが、ストア派、エピクロス派、懐疑派を手際よく考察した『ヘレニズム哲学』が翻訳刊行されたことを祝いたい。原著の初版は一九七四年で、研究状況もかなり変わってきてはいるが、この時代については本格的な論考があまりなかったので、この分野についてはいま一番推薦できる書物である。

エピクロスの哲学については、その全体像を描きだしながら、エピクロスの哲学に対する批判がほとんど該当しないものであることを説明する。そのうえで、エピクロスがどう説明していたら、無駄な(笑)批判を避けられたかを述べるあたりは、親切(笑)。ただエピクロスの哲学の細部についての深い考察はない。エピクロスの哲学の概要は巧みに提示されている。

懐疑派についても、初期ピュロンとアカデメイア派についての概要で、それほど豊富ではない。それでもアカデメイア派が懐疑派に近付いていく様子と、その根拠がきちんと示されていて、わかりよい。

本書の中心は、ストア派についての詳細な説明であり、とくにその論理学、自然学、倫理学がどのように緊密に結び付いて、一つの宇宙を構成するかという視点から考察されていて、とてもわかりやすい。ストアのレクトンの概念など、現代のイギリスの分析哲学の伝統が先どりされていることも、わかりやすく説かれていて参考になる。

この書物の範囲としてはヘレニズム哲学なので、本書では後期のローマ帝国におけるストア派、とくにセネカ、エピクテトス、マルクス・アウレリウスについての掘り下げた考察はない。中期のストア派で失われた宇宙論的なものの見方が後期には復活してくることが指摘されるが、それがどのような経緯によるものかは示されない。

ユニークなのは、中期のストア派として、パナイティオス、ポセイドニオス、アンティオコスの三人に一つずつの節が割り当てられて、その位置と意義が説明されているところだろう。邦訳もないこれらの思想家の意義については、ロングの解説にしたがうしかないところだが、後期のストア派につながる流れとしては、押さえておきたいところだ。

最後の章は、ルネサンスと近世におけるストア派の受容が考察される。ストアとキリスト教の関係など、簡単には解きほぐせないところなので、少しもどかしい。ここを省略して、中期のストア派の説明をもっと充実させて欲しかったようなきもする。なお、ロングはその後、ヘレニズムの哲学について、テーマごとに原文を集めた一冊と、その邦訳と解説を集めた一冊を刊行している。いまではこの二冊がヘレニズム哲学の研究の前提となっている。この貢献は大きい。ああ、京都大学出版会が、この二冊も翻訳してくれないかなぁ。

最後に目次。
第1章 緒論
第2章 エピクロスとエピクロス哲学
第3章 懐疑主義
第4章 ストア哲学
第5章 ヘレニズム哲学のその後の発展
第6章 ヘレニズム哲学と古典の伝統

2003年10月18日
(c)中山 元

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