西洋における愛の諸相

D・ド・ルージュモンほか『愛のメタモルフォーズ』
笠原順路ほか訳、平凡社、一九八七年



ヒストリー・オヴ・アイディアズの二一冊目。ルージュモンの「愛」、メアリー・デイリー「女性に対する社会的態度」と「信仰・希望・愛」、マール・カーティ「博愛」で構成されるが、ルージュモンの論文がもっとも長く、まとまっている。ただしルージュモンの『愛について』の要約版のようなところがある。『愛について』を読み直さなくてもすんだ、もうかった(笑)という感じ。


ルージュモンの論文は、愛とキリスト教の関係を掘り下げていて、読ませる。アガペについて、これは感情ではなく、行為であることは、レビ記一九章八節と申命記六章五節からはっきりしているという。レビ記は誤記か。申命記は「あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない」である。これをまとめるとイエスの「自分を愛するように隣り人を愛せよ」になる。「人は感情の持ちかたを命じることはできなくても、行為を命ずることはできるからである」(26)。

またキリスト教とイスラーム教の異端の根源はマニ教にあるという指摘も有益。キリスト教の異端はイラン→小アジアのパウロの禁欲主義→ブルガリアのボゴミル派→イタリア北部→フランス北部、中部、南部→カタリ派になる。イスラームではバクダッド→アレッポ→ダマスクス→地中海南岸→アンダルシアにいたる。南フランスのカタリ派のうちに収束し、愛の修辞法と宗教状の異端の文字通りの融合(42-3)として花開く。

「同じ起源から生まれた愛の詩が、文明の海を挟む両岸沿いに伝播して」、その詩からヨーロッパ文学が誕生したという指摘は興味深い。女性を「高きところ」において、その距離をつねに保ちながら、愛情を洗練させるトルバドゥールの宮廷恋愛は、その後のヨーロッパ文学にたしかに大きな遺産を残した。

メアリー・デイリー「女性に対する社会的態度」は、いまではもう当然のことを語っていて、新味なし。「信仰・希望・愛」では、偽ディオニュシオスが宇宙に浸透している統一的、結合的な力としての愛(エロス)という観念を提示したこと(『神名論』四章一五節)、そして徳、思弁、神秘主義という梯子による神への上昇という象徴を駆使し、それがエリウゲナにおいて、神が神自身にとってエロスであり、われわれが神を愛するとき、実際には神が人間をとおして神自身を愛しているという思想に注目(128)。しかしアウグスティヌスの影響は実に大きい。

トマスの労働と正義の概念が、希望の概念と複雑にからむところも興味深い(135)。「トマス的な綜合においては、人間による超越は、この世界における人間的状況を変革するための創造的努力という見地からよりも、むしろ無限なる善に到達するという見地から第一義的に考察されている」(136)。

マール・カーティ「博愛」では、博愛(フィラントロピア)という概念が、アイスキュロスの『縛られたプロメテウス』に初出することを指摘し、ギリシア思想においては善き市民精神、民主制的で人道的な傾向性を示す言葉だったと語っている。クセノフォンはソクラテスを「民主制的で博愛的」と呼んでいる(160)。

ユダヤ教では、エジプトでの経験からつねに他者に対する博愛を唱えたが、「社会的結合を必要とする〈外集団〉としての歴史的経験によって」博愛の必要性が強化され、中世を経て近代にいたるまでつづく(163)ことはたしかだ。そこにユダヤ思想の魅力の源泉の一つがある。イスラエルが建国されて、その遺産が失われたのではないかと懸念されるところだ。


データ
タイトル 愛のメタモルフォーズ
責任表示 D.ド・ルージュモン〔ほか〕著
責任表示 笠原順路〔ほか〕訳
出版地 東京
出版者 平凡社
出版年 1987.10
形態 212p ; 18cm
シリーズ名 叢書ヒストリー・オヴ・アイディアズ ; 21
注記 原タイトル: Love.
ISBN 4-582-73371-9
入手条件・定価 1600円
全国書誌番号 88006140
個人著者標目 Rougemont,Denis de (1906-)
個人著者標目 笠原, 順路 (1952-) ‖カサハラ,ヨリミチ
普通件名 愛 ‖アイ
NDLC H91
NDC(8) 158
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000001887580
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2003年11月20日
(c)中山 元

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