ルネサンスの都市構想

中嶋和郎『ルネサンス理想都市』講談社、一九九六年





ルネサンスの時代には、それまでの中世の都市とは違って、人間のデザインによる都市を構築しようとする試みが輩出する。ミクロコスモスとしての人間と、マクロコスモスとしての宇宙のあいだに、この両方を介在するコスモスとしての都市が考案されたわけだ。そしてこの都市は、古代的な意匠のもとで、人間のまなざしの構造を模倣しようとするものになる。本書はイタリアのルネサンスの時代のこうした都市構想と、実際に建設された都市を紹介するものだ。


そのためにユートピア論を中心とした「ペーパー・シティ」の章、絵画において遠近法に基づいた都市構想が描かれた「ペインテッド・シティ」の章、ルネサンスの三大巨匠の都市構想の章をはさんで、実際に建設された「ビルト・シティ」の章にわけて考察する。この構成は巧みである。

ユートピアの章では、アルベルティの『建築書』を手本として、この時期に構想された書物の中での都市や、都市デザインが紹介される。そのもっとも典型的なものは、カンパネッラの「太陽都市」だろう。「中央に神殿、その周囲をいくつもの壁が取り巻くという理想都市の完璧な形態と姿は、宇宙的スケールのある宗教都市」(76)であり、ここで都市は宇宙というマクロコスモスを移すひとつのコスモスとなる。

ペインテッド・シティの章では、遠近法の採用が重要な意味をもっている。人間がみた風景を消失点を中心として描きながら、それを都市空間として構築するために、都市は人間のまなざしのもとで始めて姿をあらわす。とくに演劇の舞台の書き割りとして都市がえがきだされるのがこの時代の手法であり、「演劇の舞台の背景として描かれた風景は、都市空間のひとつの実験場であって、新しい空間の試みが観客に提示された。都市が劇場になる一方、劇場には都市が導入されるという現象が生じた」(101)いうわけだ。

天才たちの都市構想では、レオナルドのイモラ市街図が、都市の中心から描いた円のように、都市を描きだし、レオナルドは鳥瞰図のように都市を見下ろしている。いわば世界視線(笑)のもとで、都市が構想されるのが特徴だ。ここで人間のまなざしは、科学的な抽象性と正確さの力を獲得する。科学となるために、遠近法は一度、人間から神の場所に移動する必要があったということだろう。

ビルト・シティとしては、著者は二つの時期を区別している。教皇や権力者が自分の居住地として理想都市を構想するのが一期であり、実際に都市全体が建築されるのが二期である。一期の都市としては、シエナの南東にあるピエンツァの町が人文主義者のピウス二世によって建築された。この都市は人造的な要素と自然に存在する中性的な要素が混在するもので、借景を利用するなど、予想外に住みやすいものであったのではないかと思うが、放棄されたままだったという。

またルネサンスの軍事都市としては完全なパノプティコン的なデザインのパルマノーヴィが有名だ。町の中央に立つと、「六つの道が集まってくる町のまさに中心にいるのを感じ、町のすべてを見通しながら、都市のすべての動きを監視する者がもつ一種の会館を味わうことができる」(177)という。しかしこの軍事的な機械には、ピエンツァとは反対の意味で、人々が集まってこなかったという。

著者はルネサンスの理想都市の特徴として、一)人間的なスケールがあること、二)城壁のようなもので、都市の領域、境界がはっきり示されること、三)中心に広場があって人々が集まれること、四)スケールと建築言語が統一されていること、五)都市の構造と形態が計画されていることをあげている(228)。現代の都市がこれを否定したのはたしかであるが、都市の内部にこうした空間を構築できるのもたしかだ。都市というものがいわば存在せず、どこまでもつながっている日本の都市の内部でも、このような空間が可能であることもたしかだ。

それと同時に、都市設計が啓蒙専制君主のフェルディナンド四世の都市「フェルディナンドポリ」のように、労働者の工場と住居を一体化する試みに近いものになってしまう可能性があることもたしかである。都市の住みやすさと住みにくさがどこから生まれるのかを考えると、さまざまな思いに誘われる。


データ
タイトル ルネサンス理想都市
責任表示 中嶋和郎著
出版地 東京
出版者 講談社
出版年 1996.6
形態 244p ; 19cm
シリーズ名 講談社選書メチエ ; 77
注記 参考文献:p233〜235
ISBN 4-06-258077-2
入手条件・定価 1500円
全国書誌番号 96072226
個人著者標目 中嶋, 和郎 (1946-) ‖ナカジマ,カズオ
普通件名 建築(イタリア) -- 歴史 ‖ケンチク(イタリア) -- レキシ
普通件名 ルネッサンス
普通件名 都市 -- 歴史 ‖トシ -- レキシ
NDLC KA131
NDLC KA421
NDC(8) 523.37
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000002509858



2003年12月6日
(c)中山 元

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