古代思想のわかりやすい入門書

佐々木毅『よみがえる古代思想』講談社、二〇〇三年二月



佐々木氏が朝日カルチャー・センターで行った講義の記録。古代の政治哲学をよく知らない人も入りやすいようになっている。もちろん一冊でソクラテスからローマのストア派まで紹介するので、あまり掘り下げはないが、古代の哲学の勘所をきちんとおさえてあり、入門書としてはお勧めできる。

おもしろかったのは、最後の章で平和と自由について、古代から現代のアメリカの「正義の戦争」論までをふくめた省察が行われているところだろう。古代のギリシアの政治哲学は、ついにポリスの域を超えることができず、アレクサンドロスの帝国で、その政治哲学としての破産が宣告される。そしてポリスという枠組みをこえて、いったい政治哲学はどのようなものでありうるかが模索されるわけだ。



そこでストアはコスモポリタン的な視点から、自然法と、これに依拠した正義という概念を提起する。そして哲学者も政治家も、この規範にしたがって行動することが期待されていたわけだ。ストアはエピクロスとは違い、政治に携わることを否定しない。ところがストアの哲学も後期のセネカにいたると、政治ではなく、閑暇のうちに自己の点検を進めることが好ましいと考えられるようになる。

これに平行して、ローマは共和国から帝国になり、正義と平和の実現は、帝国の独裁的な皇帝に委ねられる。すると正義の概念にしたがった統治ではなく、独裁がローマの平和をもたらし、自由を抑圧することが、平和と結びつくようになる。ギリシアでも民主主義派は戦争を望み、保守派は戦争を回避しようとする傾向があった。フランスの革命がすぐに国民戦争につながったように、民主主義的な体制が戦争を好む傾向があり、平和が独裁や寡頭制によってもたされることが多かったのは、たしかに事実なのだ。

著者はアメリカの戦争は、民主主義を他国においても貫徹しようとする原理で戦われていると考えているが、はたしてそう言い切れるかどうか。「これは内政を変えることによって平和を実現しようという、カントが行った議論にもつながる民主化と平和との一体化に基づく興味深い議論」(238)で、アメリカがイラクに侵攻したと考えるのは、あまりにナイーブではないかと思う。

とはいうものの、ギリシアの政治哲学が崩壊してから、中世のキリスト教世界ではきちんとした政治哲学が育たなかったことを考えると、古代からフランス革命とアメリカの民主制度とがほとんど直結してしまう状況にあったのはたしかであり、問題提起としては興味深い。<
2003年10月20日
(c)中山 元

ビブラリアに戻る