イメージの政治学

【書評】ロイ・ストロング『ルネサンスの祝祭(上)』
星和彦訳、平凡社、一九八七年




平凡社のイメージ・リーディング叢書の一冊。一四五〇年から一六五〇年まで、宗教改革から近代の国民国家の形成期において、王権が祝祭を利用しながらいかに自己の正統性を訴えかけていったか。それまでの伝統的な祝祭にどのように手を加えて、政治的な意味をもたせていったかを考察する興味深い一冊。

エリザベス一世のロンドン入場(一五五九年)の際には、血統の正統性を示すために、薔薇の樹木の表象が利用され、聖書にもとづく至福の場面など予型論の伝統が活用された。女王はデボラの姿で描かれる。「旧約聖書に表れた王権が復興され、君主制はそのおうんけの役割をあてられ、これまでのカトリックの宇宙的、黙示録的な理想像にとってかわった」(p.30)。うーん、デボラを使えば、カトリックの伝統をひっくり変えせるのかぁ。


ルネサンスの祝祭では、貴族たち、女官たち、王や王の一族が、バレーを踊ることが多かった。ルイ一三世は、ユグノーの叛乱の数か月前に、強力な国王のイメージを伝えるバレエを踊った。終幕では国王は、悪徳や的に打ち勝つ絶対君主として登場する。「このバレエが上演されたすぐあとに、ルイは政変を断行し、アンクル元帥を暗殺し、母(マリー・ド・メディシス)をブロワの城館に幽閉した」(p.72)。うーん、バレエかぁ。

ブルネレスキが建築に遠近法を導入して、マクロコスモスとミクロコスモスの照応の原理により、数学による空間概念が、新しい建築の基礎となる。「かくて調和がなしとげられ、神が幾何学的に秩序立てて想像した世界の内における、人間の倫理的責任が強調されることになる」(p.74)。うんうん、遠近法の効果。やがて舞台に遠近法が導入され、悲劇と喜劇の舞台装置のタイプが決定されるようになる。

そしてベルサイユのように庭園と建築が政治的なものとなるだけでなく、舞台も極めて政治的なものとなるのだ。「ウィトルウィウスは円形劇場の中心点について書いている。すなわち、そこはすべての視線が集まるが、何も置かずに、空いたままにされる場所であると。一時的であれ、永続的であれ、ルネサンス期に宮廷のために古代劇場を再生するにあたり、この場所は必然的に王の座席にあてられた。それは考古学的にみていっさい先例のない革新であった」(p.80)。

さらに君主はたびたび入城式を開催する。凱旋式としての意味をもつのである。「近代初期ヨーロッパの国民国家は、人びとの忠誠心を王室の崇拝へと収斂することによって、国民的一致を確立していったのである。その結果、入城式は除々に、支配者と被支配者との愛だでの対話という機能を果たさなくなる。そのかわりに、絶対的権力を行使する儀式へと発展し、同時に都市諸階級の、権力者への屈従を表現するものとなっていった」(p.110)。

カールの世界帝国の夢など、とても楽しめた上巻だった。フランス革命にまで、この祝祭の伝統は維持されるのだ


2003年8月27日
(c)中山 元

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