文明の衝突ではない、少なくともまだ…

哲学クロニクル198号

(2001/09/19)




連載途中の記事もありますが、今回はニューヨーク・テロ問題シリーズの第一回目として、ツァイト誌に掲載されたハンチントン氏のインタビューをご紹介します。ツァイトの2001年66号掲載です。

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『文明の衝突』で有名になったサミュエル・ハンチントンだが、今回のアメリカのテロ攻撃について、ツァイト誌で対談をしているのでご紹介しよう。タイトルは「文明の衝突ではない」。対談の相手はヨセフ・ヨッヘ氏。ハンチントンの無力感が伝わってくる……。

【問】ニューヨークでの虐殺は、あなたが1996年に雑誌『フォーリン・アフェアーズ』で連載し、同名の書籍として刊行された「文明の衝突」の開始を告げるものでしょうか。
【答】この襲撃はなによりも、卑俗で野蛮な人々が世界全体の文明化された社会を、文明そのものを攻撃したものだ。世界のすべてのまともな人々は、攻撃者を激しく非難してるい。またこの犯罪をいま、文明の衝突に解消しないことが大切だ。問題の鍵を握るのは、テロリスムにたいするイスラム政府と民衆の姿勢だろう。これまで多くのイスラム諸国は、アメリカ合衆国にたいする同情と嫌悪の入り交じった複雑な感情を示してきた。しかし町中では、この攻撃に有頂天になり、これを歓迎している。

【問】それでは文明の衝突ですよね。
【答】そうではない。イスラム世界は分裂してい。イスラム世界がまとまって西洋と衝突するようになることを防げるかどうかは、イスラム諸国の政府が、このテロへの戦いで米国で協力できるかどうかにかかっている。

【問】テロはなにを目標としたのでしょうか。
【答】アメリカのシンボル、すなわち資本主義のシンボルとしての世界貿易センターと、アメリカの軍事力のシンボルとしてのペンタゴンだ。

【問】テロリストたちは、ひとつの国を攻撃したのでしょうか。それともひとつの文明を攻撃したのでしょうか。
【答】両方だ。テロリストたちは米国が、西洋の文明を代表する国であるとともに、地球でもっとも強力な国であると考えて攻撃したのだ。

【問】あなたは戦略の専門家でおられる。正しい防衛戦略についてお聞かせください。
【答】この敵は、ある地方だけに場所を確定できないだけに、この敵との戦いは非常に困難だ。多くの国に分散している多数の人々との戦いだからだ。彼らが次の攻撃をすでに準備しているのは、疑問の余地がない。それだけに諜報活動が重要になる。これからは米国の諜報活動は、人間の知性を活用し、現場での情報収集に重点をおくべきだ。次に、他の諸国の諜報組織との協力作業を強化するのが決定的な重要性をもつ。当面は、アフガニスタンのタリバンの最も強力な援助国であったパキスタンの意見に耳を貸すことだ。原則として、これらかの諜報活動は予防的なものでなければならない。

【問】というのは。
【答】アメリカやヨーロッパのような開かれた社会では、こうした社会にテロリストを送り込み、こうした犯罪を組織するのが非常に容易であるだけに、防御はとくに困難だ。アメリカでは、誰かが飛行機をハイジャックして、高層ビルに突入して破壊する可能性があることを、誰ひとりとして考えもしなかった。だから予防的な措置が重要になるのだ。

【問】戦略としてのは、敵の力を弱め、敵の意図の実現を妨害し、そのもくろみを阻止する技ですよね。
【答】わたしには、死をおそれない人々の姿勢や行動を変えられるとは思えない。

【問】それでは、古典的な恐怖による威嚇計算ができない人々と、どうやって戦うのですか。
【答】こうしたテロリスト集団が浸透してきて、戦闘力をそなえるようになるのを防ぐ必要がある。しかし基本的には、グローバリゼーションによって、すなわち技術とコミュニケーションが普及し、安価に入手できるようになった国や小さな集団が、テロを組織しないようにするのが課題であることに変わりはない。さらに世界には、宗教的なものを含めて、さまざまな形でファナティックな考え方がはびこっている。

【問】ファナティックな人々とはどうやって戦うのですか。
【答】所在をつきとめ、遮断するのだ。しかしこうした人々が広く分散して住んでいるので、これは明らかに困難なことだし、たやすい目標ではない。まったく新しい種類の戦争の遂行が必要になる。

【問】アメリカは、西洋諸国は、その準備ができているのでしょうか。
【答】わたしたちはゆっくりとではあるが、新しい事態に適応しつつある。ラムズフェルド米国防長官は、アメリカ軍のメンタリティを冷戦時代の考え方から解放するために、果敢に努力している。しかし軍というものはつねに保守的なものであり、変化には抵抗するものだ。そしてアメリカの市民もヨーロッパの市民も、わたしたちがいまや危険で予想のつかない世界に住んでいるのだということ、驚かされるのを防ぐことはできないということを受け入れる必要がある。

【問】アメリカは単独でこの戦いを勝ち抜くことができるでしょうか。
【答】いや、単独では無理だ。わたしたちは同盟国の援助を必要としている。わたしたちはイスラム諸国も含めた連合を必要としている。だから最初にいったように、イスラム諸国がこの戦争にそっぽを向いて、犯罪と連帯するようなことがあったならば、文明社会と悪の力との対決ではなく、ほんとうの文明の衝突になってしまう危険性がある。