悪循環を避ける道

哲学クロニクル200号

(2001/09/23)




今回はノアム・チョムスキーのインタビューの抜粋をお送りする。言語学者のチョムスキーは、最近では反グローバリゼーション活動家としてすっかり有名になったようだ。掲載はhttp://www.zmag.org/chomcalmint.htmである。9月19日掲載。


【問】11日の出来事は、ベルリンの壁と同じような影響をもたらすのでしょうか。
【答】9月11日の出来事は、その規模や性格のためではなく、その目標において、世界的にまったく新しい出来事だ。アメリカにとっては、これは1812年以来の未曾有の戦いだ。多くの人々は真珠湾攻撃と比較するが、これは誤解を招く。1941年12月7日には、2つの植民地の基地が攻撃された。しかし国内領土はこれまで攻撃されたことがなかったのである。この時期までにアメリカは、土着の数百万の人々を絶命させ、メキシコを征服し、周囲の地域に暴力的に介入し、ハワイとフィリピンを征服した(数十万のフィリピン人を殺戮した)。そして過去半世紀には、世界のさまざまな場所に軍事力を展開した。その犠牲者の数は膨大である。しかし初めて銃が逆に向けられた。これは劇的な変化だ。

 ヨーロッパについても同じことが言える。ヨーロッパは息の根を止めるような破壊の被害を受けてきたが、これは内戦によるものだ。一方でヨーロッパの強国ては、極端な残玉さをもって世界の多くの地域を征服してきた。ごくまれな例外を除いて、外部の犠牲者から攻撃を受けたことはない。イギリスはインドから攻撃されず、ベルギーはコンゴから攻撃されず、イタリアがエチオピアから攻撃されることもなかった。だからヨーロッパが9月11日のテロリストの犯罪によって、完全なショックを受けたのは、驚くべきことではない。残念なことに、ヨーロッパが驚いたのは、規模の大きさのためではないのだ。この攻撃の方向の逆転、これこそがまったく新しい事態だ。

【問】この攻撃は、新しい政治的な状況を生み出すものではなく、「帝国」の内部の問題の所在を示すものだと思われます。政治的な権威と力にかかわる問題だと思うのですが。
【答】政治的な権威と力の問題があるのはたしかだ。攻撃の直後に、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は、銀行家、専門家、ビジネスマンなど、この地域の裕福なムスリム教徒にインタビューした。彼らは米国が過酷な権威主義的な諸国を支持し、「抑圧体制を支える」という政策で、この地域の独立的な発展と政治的な民主主義を疎外する防壁を構築していることは嘆かわしいと感じていた。しかし彼らがなによりも懸念を抱いているのは、アメリカのイラク政策と、イスラエルの軍事的な侵略にたいする政策である。貧しい人々の間では、これと同じ感情をはるかに強く抱いている。そしてこの地域の富が西側に流出すること、西側の大国が支援する腐敗した野蛮な支配者たちや、小規模な西側志向のエリートたちだけに富が集中することには、大きな不満を感じている。だから権威と権力の問題があるのはたしかだ。

【問】アメリカはグローバリゼーションを制御するのに困難を感じているのでしょうか。
【答】アメリカは企業のグローバリゼーション・プロジェクトを支配しているわけではないが、主要な役割を果たしているのはたしかだ。この計画は南の諸国を中心に、巨大な反対活動を引き起こしているが、大衆の抗議活動は抑圧されるか、無視される。この数年は、豊かな諸国でも抗議活動が展開されているために、世界の強国は守勢に立たされていると感じており、大きな懸念を抱いている。

【問】アメリカはこれまでは、イラクでは「インテリジェント爆弾」と表現し、コソボでは「人道主義敵な介入」といってきました。今回は名前のない敵にたいして、「戦争」という表現を使っています。その理由は。
【答】最初はアメリカは「十字軍」といっていた。しかしイスラム世界の内部に同盟国を獲得しようとするには、この表現のまずさは明白だ。このため「戦争」という言葉が使われるようになった。1991年の湾岸戦争は、戦争と呼ばれていた。セルビアの爆撃は、「人道主義的な介入」と呼ばれたが、これは一九世紀以来のヨーロッパの帝国主義諸国の冒険主義的な介入ではなじみの呼び方だ。最近の例では、日本の満州侵略、ムッソリーニによるエチオピア侵略、ヒトラーによるチェコのズデーデン地方の侵略は、どれも人道主義的な介入と呼ばれたものだ。犯罪が人道主義という仮面をかぶっていたのだ。しかし今回の事例には、どう考えても人道主義という呼び名は使えない。だからアメリカは戦争と呼ぶことにしたのだ。

【問】今回の事件は反グローバリゼーション運動にはどのような影響を与えるでしょう。
【答】これが企業のグローバリゼーションに反対する世界的な抗議活動にとって障害となるのはたしかだ。こうしたテロリストによる残虐に行為は、世界のすべての側面にみられ過酷で抑圧的な要素にとっては贈物だ。こうした抑圧的な要素は、軍事化、社会民主主義的な計画の弱体化、わずかな数の人々への富の移転をさらに進めようとしている。しかしこれはかならずや抵抗を引き起こし、成功したとしてもごく短期間で終わるだろう。

【問】中東への影響はどうでしょうか。
【答】9月11日の蛮行が、パレスチナにとっては破壊的な打撃になったし、パレスチナではすぐにそのことが理解された。イスラエルはいまや、パレスチナを破壊するための好機を手にして、臆面もなく喜んでいる。火曜日の攻撃の後の数日に、イスラエルはジェリコなどのパレスチナの都市に戦車を送り込み、数十名のパレスチナ人を殺戮し、だだでさえ厳しい住民への締め付けをさらに強化した。北アイルランド、パレスチナ、バルカン諸国など、世界のどこでも見られる暴力のエスカレーションという悪循環がふたたび始まろうとしている。

【問】アメリカ国民の反応はどうでしたか。すでに戦争状態だというコメントもあるようですが。
【答】直後の反応は、衝撃、恐れ、怒り、恐怖、復讐の欲望などだった。しかし世論は割れており、すぐに反対の流れが生まれた。メディアの中心的なコメントにも、こうした意見が反映され始めた。今日の新聞をみてもよかる。

【問】大手のメディアで取り上げられていない問題があると思うのですが、なにに注目すべきでしょう。
【答】いくつか基本的な疑問点がある。まずアメリカはどのような行動をとることができるのか、それがどのような影響を及ぼす可能性があるかということだ。ニカラグアではアメリカのテロ攻撃にたいして、世界司法裁判所と国連安全保障理事会に援助を求めたが、アメリカはこうした合法的に行動をとることは、まったく検討もしなかった。アメリカでは暴力的な行動の必要性がわめかれている。たしかにこれがまったく罪のない犠牲者にとってすざまじい被害を与えること、フランスの外務大臣が数日前に警告したように、ビンラディンがしかけた「悪魔の罠」にはまるものであることが、ごくまれに指摘されるだけなのだ。

 第二の問いは、なぜこうした行動をとるべきかということだ。メディアでも、町の中でも、この行動の根拠はまったく問われない。そしてこの問いが問われないために、今後もこうした行動が実行される可能性かますます高くなる。ビンラディンのテロ網は20年も前から、貧しい人々を犠牲にしながら、怒り、恐怖、絶望から力を汲み出している。それだから彼らはアメリカが暴力的な行為に進むのを、祈るようにして待っているのだ。アメリカが激しい行動にでれば、これまでテロ網を支援していなかった人々も、テロリストたちの大義に賛同してくるだろう。
 暴力をエスカレートさせるのではなく、暴力の拡大の悪循環を抑制するためには、これらのテーマが新聞の第一面で検討されるべきなのだが。なんともはやである。


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Sさんから励ましのメールをいただきました。

> しばらく哲学クロニクルの配信がなくて、どうしたのかな、と思っていましたが、ク
> ロソウスキーの配信があってホッとして、そして今日はソンタグの知性的な文のご紹
> 介があって、思わずメールを書かせていただきました。本日、ブッシュの議会演説を
> CNNで見ていて、そのアメリカ版浪花節に、まあ、ある程度予測はしていたけれど、
> ここまでね、と唖然、呆然、暗澹としていただけに、ちょっとだけホッとしたと同時
> に少し元気になりました。訳の素晴らしさの賜物とは思いますが、ソンタグの文は、
> 不思議といい意味で人の知性と心を掻き立てるところがありますね。そしてユーモア
> がありますね。素敵な文の配信、どうもありがとうございました。これからもどうぞ
> よろしくお願いいたします。楽しみにしております。
>
メールありがとうございました。こちらもご無沙汰しています。今年の夏は暑くて(笑)、配信がとまってしまい、ご心配をかけました。秋になって涼しくなってきたので、またしばらくは(笑)配信できると思います。

アメリカの悲劇的な事件については、さまざまな論調が出されていますね。この哲学クロニクルでもしばらくこの事件をめぐる論調を中心にフォローしたいと思います。そうすることでみえてくるものがあるのではないかと。今後ともご支援いただけるとうれしいです。ではでは