この悲劇を生かす道

哲学クロニクル209号

(2001/10/04)




今日は、フランスのミッテラン大統領の顧問をつとめ、欧州復興開発銀行の初代の総裁をつとめたアタリの文章をお読みいただこう。いかにも『カニバリスムの秩序』の著者らしいアタリのコメントだと思う。

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この悲劇を生かす道
(ジャック・アタリ、レクスプレス誌、2001年9月27日号)


テロリストたちは資本主義の頂点を攻撃することで、まずノマド(飛行機)が定住民(タワー)よりも強いこと、マネーは強固な意志に対しては無力であること、平和とは戦争のごく特殊なひとつの事例にすぎないことを証明しようとした。そしてテロリストたちはさらに、文明化された世界の自己崩壊の条件を作り出そうとしたのだった。もしもパニックが始まり、すべての事故の背景に、隠された攻撃をみつけだし、すべての悪意のある犯罪の背後にテロリストの陰謀を嗅ぎ出そうとし、旅行をやめ、計画し、創造し、生活することをやめてしまえば、テロリストの望んだこの自己崩壊の条件が生まれていただろう。

1930年代の大恐慌は、1929年の暗黒の木曜日が作り出したものではなく、その後に続くパニックと保護貿易主義が作り出したものである。だれもが安全な塹壕に潜り込むために、他者との関係を縮減し、貿易を減らすならば、文明の自己崩壊や大恐慌のための条件をふたたび作り出すことになる。そして失業は爆発的に増大し、倒産の数は増大し、節約家は借金を返済するために財産を叩き売るようになり、南の諸国でも北の諸国でも、長期的なリセッションが始まるだろう。しかしまだこうしたシナリオを防ぐことができる。それだけではない。この悲劇を世界について根底から考え直すための機会にすることさえできるのだ。

まず、世界のもつ潜在的な力が現在ほど高まったことはない。アメリカに対してほとんど全世界的な連帯が表明されたために、国の間で戦争が勃発するリスクは遠ざかった。技術は巨大な進歩を遂げている。投資の需要もかなり大きい。金利と石油価格は低い水準で落ち着いている。インフレもコントロールされている。大企業と国の負債も、まだ大部分は制御可能な水準である。さらに暗号解読のソフトウェア、輸送産業、エネルギー網、そしてニューヨークだけでなく、巨大な建造物を建設するための新しい方法などに、巨大な投資が必要になるだろう。とくに、人々が貧困のために絶望のあまり兵士になることを防ぐために、南の諸国での巨大な開発計画が必須のものとなる。

そして世界の安全保障のために、貿易、とくに金融面での取引に対して、超国家的な監視が必要となる。まず金融と財政面で規制逃れをしている地域のすべての銀行のすべての帳簿を、警察に開示することが必要だろう。また金融的なデリバテイブ手段を規制する必要があるだろう。現実の経済の流れを攪乱するデリバティブは、世界の裏組織とますます一体化しながら、麻薬、宗教的なセクト、テロリズムの裏取引のために悪用されているのである。この両方の措置を実行することを拒むすべての国は、国際組織から排除する必要があるだろう。

おそらくこのすべての措置が実行されるだろう。しかしヨーロッパは警戒が必要だ。注意しないと米国がこれをうまく利用して、いわば「行き掛けの駄賃」のように、これまでコントロールできていなかった地球の金融ネットワークを管理するようになってしまうおそれがある。これはだれの利益にもならない。長期的にみれば、アメリカ自身の利益にもならないのだ。

ヨーロッパ人がすぐにでも、共同でこうした計画を提案し、南の隣国とどのような関係を結ぶべきかという地球的なコンセプトを提示し、これを採用するならば、大きな利益があるだろう。しかし、である。悲劇的なことに、ヨーロッパ人なるものは、どこにも存在しないのだ。


作成:中山 元  (c)2001

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