豊かな国が逃れることのできない罠(2)

哲学クロニクル228号

(2001/11/12)





サッセンの訳の後半です。
最初に以前のメールのご案内を再び掲載します。
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朝日新聞の朝刊に、グローバリゼーションに詳しいサスキア・サッセンのインタビュー記事が掲載されていた。最後に「国民レベルでも途上国借款の資金を市民が提供できる。いまこそ立ち上がるときだ」というアジがあったので、ふと思い出して現代思想の別巻の『これは戦争か』のサッセンの文章を読み直してみると、これがまたトホホの訳(笑)。

サッセンはこの文を事件当日に書いているようだが、主張は明確で、とても興味深い。それが現代思想の足立訳ではきちんと理解できないおそれがあるので、仕方なく訳しなおすことにした。訳注に余計な茶々をいれているが、気にせずに読み飛ばされたい。長いので二回連載。原文は次のサイトで読める。http://www.theglobalsite.ac.uk/times/109sassen.htm

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豊かな国が逃れることのできない罠(2)
サスキア・サッセン

統治の第二のホットスポットは、移住と非合法な取引である。負債が悪化していることが一因となって、移住も、人々の移動のための非合法な取引も、さらに増大することになろう(*5)。負債の増大、貧困、失業、伝統的な経済分野の衰退のために、人々が非合法に手段で移動する傾向が爆発的に増大しており、まったく新しい種類の移住も生まれている。豊かな諸国がさらに豊かになると、ますます人々は豊かな国で暮らしたいと思うものだ。そして豊かな国が、移住してくる人々ゃ難民を締め出そうとして壁を高くすると、人々はますます非合法な手段で移動しようとするのである(*6)。


豊かな国が、移住を望む人々や難民を締め出そうとすればするほど、人口統計学的にますます不利な状況におかれ、住民は急速に高齢化していくことになる。オーストリアの大規模な調査によると、現在の出生率と移住パターンが維持されるとして、今世紀末には西欧の人口は7500万人も少なくなり(*7)、人口の50%近くが60歳以上になるとみられるが、これは歴史上でも初めてのことである。

このますます高齢化する人々を支え、施設や家庭での老人のケアなど、ますます増え続ける魅力のない仕事に就労する若い労働者は、いったいどこで確保できるというのだろうか。現在では、高齢者と経済活動を輸出するという策も検討されている。しかし輸出できる高齢者の数にも、賃金の低い雇用の数にも限りがある。となると、解決策の一つとして、移民を認めることが必要となるようだ。しかし北側の諸国が進めているやりかたでは、この解決策には対処できない。移住を望む人々を締め出すために壁を建てるばかりであり、こうして人々の移動のための非合法な取引を生み出しているのである(*8)。

難民の数が増大している時期にあって、国連の高等難民弁務官は、これまで以上に資金不足に悩まされている。これがさらに人々の移動のための非合法な取引を促進することになる。そしてこうした不正取引のインフラストラクチュアが開発されると、すべての種類の不正取引、すなわち人間だけでなく、武器と麻薬の不正取引が拡大し、多様化するのである。

わたしたちが必要としているのは、移民の流れを管理する能力を開発するために、移民を送り出す国と受け入れる国の両方の政府が参加して、地域的に焦点をあわせた多国籍アプローチと、さまざまなNGOである。そのためには、おたがいに結びついているこの世界の機能は、そもそも移民の移動が含まれていることを、まず認識すべきである。

これからの課題は、関連するすべての諸国が、現在の移民政策の背後にある考え方を作り直すことである。そして移民を送り出している国の政府は、現在は自国からの移住の問題に無関心で、制御しようとしないことで悪名が高いが、送り出し国の政府も、この作業に参加することが重要だ。

南側の諸国における負債と貧困の拡大は、今日のニューヨークとワシントンの暴力とは関係がないではないかと思われるかもしれない。しかし関係はあるのだ(*9)。今日の攻撃は、最後の訴えの言語なのである。抑圧され、迫害された人々は、これまでわたしたちに訴えかけるために、さまざまな言語を使ってきた。それなのにわたしたちは、彼らがなにを語っているか、翻訳できないかのようである。だからわたしたちが理解しなければ、やがて立ち上がって、翻訳する必要のない言語で語り始める人々が登場する−−今日の攻撃に使われた言語で。(*10)。

訳注
(*5)ここまでの一文はこう訳される。「第二番目の、支配のホットスポットは移住と非合法な取引に関係します。両方とも部分的に成長しており、それは、これまで述べた条件に関わります」。支配はまずいのでは。ガバナンスだから。

(*6)「豊かな諸国」以下の二つの文はこうなる。「豊かな経済がより豊かになるにつれて、彼女彼らの状態はよりいっそう望ましくなります、そして、移民と難民を締め出すための壁が持ち上げられるにつれて、豊かな経済は、人々を非合法な貿易で養ってるのです」。彼女彼らというのは、いったいだれだろう? 豊かな経済が人々を非合法な貿易で養うとは?

(*7)この文は足立訳では「今世紀の終りにおいて、西ヨーロッパの人口規模は(現在の受精能力と移住パターンの下で)七五〇〇万人に縮小してしまっており」。今世紀末にはどんな災厄によって、西ヨーロッパの人口は今の日本よりも少なくなるのだろうか。

(*8)「しかし北側の」以下の文は、こう訳される。「けれども、グローバルな北側の国家において進行しているやり方は、これに対処する準備を行うことではありません。それは、志望してくる移民を締め出すために壁を建てて、それによって非合法の取引によって食いつなぐことをもたらしているのです」。食いつなぐのはだれなのだろう。

(*9)つまらないことだが、ここは「しかし、彼らはそうしたのです」と訳される。はて。

(*10)「今日の攻撃」から最後までの足立訳をを転載しておく。「今日の攻撃は最後の手段としての言葉、虐げられ、迫害された側が連絡を取るために多くの言葉を使ったということです。私たちには、何が語られているのかということの意味を翻訳するのが不可能に思われます。しかしながら、少数のものたちは、翻訳を必要としない言葉を話すことにより解釈することでしょう。それが今日使われた言葉だったのです」。



作成:中山 元  (c)2001

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