911テロ事件アーカイブ

報復と自衛の論理(2001年10月8日以降)

■だれも責任を逃れられない
ブッシュ大統領は、9月11日のテロの直後の「祈りと記憶のための国民の休日」に、死者を弔い、「敵に勝つ」決意を披露した(文書1)。9月20日の議会スピーチでは、オサマ・ビンラデインを名指しながら、国の安全保障措置の強化を発表し、国民に日常生活への復帰を訴えた(文書2)。国民に大きな被害をうけた国家元首としてのまっとうな表現と、報復のために国民を感情的に煽動する表現が混交した「よくできた文書」だと思う。ブッシュ大統領のスピーチ作成の裏話と分析がニューヨーク・タイムズで読める文書(1a)。もちろんスピーチのレトリックとは別に、こうしたテロリズムの原因を作ってきた政治的な責任を、ブッシュ大統領も逃れることはできないはずだ。これについてはデリダも、アドルノ賞の受賞講演の前後のインタビューで指摘していた[10/8記]。

■新しい戦争
一方でイギリス議会の国際問題・国防部は10月3日に、事件以後の世界の動向を詳細に分析した123ページのレポートを発表した(文書3)。ここで気になるのは、非対称戦争の概念である。米国政府によると、非対称戦争とは、「利用される軍事力のレベルと比較すると、一般に強い影響を及ぼすことの多い伝統的でない戦術を利用しながら、小数の戦闘者や軍事力を行使して、数の少ない比較的困難な特定の目標をめざす戦争活動」である(同書106ページ)。この概念はテロという犯罪行為と国家が推進する戦争の区別をあいまいにぼかしてしまうために使われるおそれがある。ラムズフェルド国防長官の銀行員や税関の職員が参加して遂行する「新しい戦争」も、同じことを逆の立場から言っていると考えるべきだろう。さらに10月5日のニューヨークタイムズは、イギリス政府の発表したオサマ・ビンラディンをテロの犯人とする「証拠」文書を掲載した(文書4)[10/8記]。

■恫喝
10月7日の日曜日、ブッシュ大統領はアフガニスタンの空爆を開始したことを発表した。これで後戻りのできない一歩が踏み出されたことになる(文書5)。大統領はこの紛争では中立的な立場はない。テロリストを受け入れるのかどうか、すべての国家は決定しなければならない、テロリストを助ける国は滅びるだろうと宣言している。しかしアメリカが世界各地で政治的なご都合主義でテロリストたちを育ててきたことを考えると、これはデマゴギー的な恫喝に近い。アガンベンもいうように、現在の国家はテロリズムとは「共犯関係」になっているのである。現代の「大規模テロリズム」(ヴィリリオ)の登場は、現代国家そのものの変質していることを裏側から証すものではないだろうか[10/8記]。

■「証拠」
また同日イギリスのブレア首相も、イギリス軍が攻撃に参加していることを発表した(文書6)。首相はイギリスの市民がテロ攻撃で死亡したことが、イギリスに対する攻撃になると主張している。しかしテロでの市民の死亡や、イギリスで流通しているヘロインの90%がアフガニスタン製であることが、ひとつの国家の首都を爆撃する根拠になるかどうかは、明らかなところだろう。「証拠」というものも、一般に公表されておらず、公表されているものは結局は状況証拠の域をでないもののように思える。これに対してタリバン側は、アメリカとイギリス軍の攻撃を「テロリスト」の攻撃と反論した(文書7)。戦争がはじまった時点で、アフガニスタンが戦争ではなく、テロだと主張し始めたのは皮肉なことだ[10/8記]。


文書1:ブッシュ大統領のスピーチ(9/14)
文書1a:大統領職を変えた2988語(10/7)
文書2:ブッシュ大統領の議会スピーチ(9/20)
文書3:イギリスの調査レポート『2001年9月11日--その反応』
文書4:イギリスのテロ犯罪の証拠文書『2001年9月11日のアメリカ合衆国におけるテロリストの蛮行の責任』
文書5:ブッシュ大統領の爆撃宣言(10/7) 邦訳(朝日新聞)
文書6:ブレア首相のスピーチ(10/7)
文書7:タリバン側、アメリカをテロリストと非難


テロとインターネット(2001年10月8日以降)

■暗号規制
ブッシュ政権は安全保障政策の一環として、インターネットの規制を強化しようとしている。いままではエシュロンでいわばこっそりと傍受していたのだが、これからはおおっぴらにやろうというわけだ。これに関連して気になるのが、インターネットにおける暗号の利用の規制や、暗号キーの政府への提出を求める動きだ。実はこれは最近にはじまったものではない。すでに今年の六月には、政府がインターネットにおける暗号の利用を規制する方針を示しており、ある記事で観測気球を打ち上げている(文書1)。これは6月19日のUSAトゥデイ紙に発表されたもので、ファイルの中にメッセージを隠すステガノグラフィという技術を使用して、テロリストが情報を交換するおそれがあることを指摘した。この記事でオサマ・ビンラディンがこの技術を利用していること、米国へのテロ活動にこれが利用される可能性があることが指摘されている。あまりにできすぎという感があるが、事件の直後から、この記事のもつ意味に注目され、フランスのリベラシォン(文書2)やルモンド(文書3)が関連記事を掲載した。ただし調査によっては、こうした事実は確認できないようである(文書4)。これはアメリカ政府の意図的なリークの可能性もある[10/8記]。

■エシュロン
ところで9月12日づけのフランクフルター・アルゲマイネ紙が伝えるところでは(文書5,6)、エシュロンでは事件の数ヶ月前から、テロリストによるアメリカ攻撃計画を示す情報が把捉されていたという。エシュロンでは膨大な情報を収集するので、たとえその情報がふくまれていても、自動的に解析して警告を出すわけではない。これは逆の意味でエシュロンの「無力」を示しているようだ。これからは膨大な情報の山よりも、ピンポイント的にターゲットを絞った盗聴の方が重視されるということになるのだろうか[10/8記]。

■安全性と自由
アメリカ議会は10月1日に、アシュクロフト司法長官の反テロ法案を一部改正して承認する方針を固めた。この法案は捜査権限を強化し、プライバシーを制限するものであり、強い反対を引き起こしていた。上院はこの法案について条文ごとに分析している(文書7)。ZDNETでは、「プライバシーと安全性」という特集で、この問題をフォローしている(サイト1)。グローバリゼーションとインターネットはこれまで手をつないできただけに、電子商取引などにとっても非常に大きな障害になるこうした規制は、規制する側にとっても両刃の剣となるだろう[10/8記]。

文書1:WEBの暗号の背後に隠れるテロリスト集団
文書2:ポルノテロリズム
文書3:インターネットの画像の背後にテロリストのメッセージ
文書4:暗号利用の形跡なし
文書5:数ヶ月前から兆候が
文書6:FAZ、エシュロンによる警告を報道
文書7:2001年反テロリズム法案の条文ごとの分析
サイト1:「攻撃のあとで--プライバシーと安全性」


作成:中山 元  (c)2001

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