身体の存在論
『知覚の現象学』を読む(五)
−−第一部「身体」、第二章、第三章
(中山 元)

●身体の存在論的な位置
 人間が世界のうちに存在することと、たとえば机が世界のうちに存在することの違いを指摘したのは、ハイデガーであった。ハイデガーの考え方では、厳密には机は世界のうちには「存在」することができないというものだった。机は世界をもたないのであり、そもそも存在するかどうかが問題にできない性質の事物だからである。

 これに対して人間は、世界のうちに実存する。その実存の仕方は、世界を形成し、世界のうちにすみながら、しかも世界を超越するというありかたである。人間はつねに脱−存する(EX-stase)という形で存在する特異な存在者である。

 ハイデガーは『存在と時間』においては、この人間の特異性を存在と存在者、現存在と事物存在という対比において提示しながら、世界を超越することのできる特権的な存在者である現存在が、いかに世界において頽落し、非本来的な存在様態に陥っているかを強調していた。

 世人となった現存在は、超越する存在者であると同時に、その本来性から頽落した存在者なのである。ここにマルクス以来の「疎外」と物象化の概念の反映をみることができるだろう。このことは実は、ハイデガーが人間を「現存在」Daseinという概念で提示した時点で暗黙的に含まれていたものであった。「そこにある存在」Da-seinとは、神の国に向かう旅人、地上における神の似姿としての特権的な地位を否定することを暗黙のうちに含んでいるからである。

 メルロ=ポンティもハイデガーのこの超越の概念をほとんどそのままで継承している。人間の重要な特質が、この超越という概念に含まれているからである。人間は環境Umweltを超越することにおいて、世界Weltを構成するのであり、これがたとえば水の中に住む魚のような環境世界の動物と異なる特性だと考えられているのである。魚は水という環境の中で過不足なく生きるが、人間は世界のうちで、このように自足して生きることはできない。

  人間はその自発性の一部を放棄し、安定して器官とあらかじめ確立され
  た回路で世界に参加することによって、人間は心的および実践的な空間
  を獲得することができるのである。そしてこれによって人間は原則的に、
  その環境から解き放たれ、自分にとっての環境を眺めるようになる
  のである(PP:103, JT:159)。

 しかしメルロ=ポンティがハイデガーと異なるのは、人間がこのような特異な動物となるために必要であった条件を模索することにある。ハイデガーにおいては、それは半ば自明な出発点であった。存在への問いを問うことができるのは、人間以外にないことが議論の前提となっていたからである。

 それに対してメルロ=ポンティは、そのような問いが可能になる条件について考察する。この考察は、一方ではサルと人間を分かつものはなにかという人間学的、動物行動学的な考察につながるものである。人間が他の動物と異なる点はどこにあり、それが人間に特有の行動をどのようにして可能にしたか、言い換えれば、サルと異なる人間性はどのようにして誕生したか、そして同時にそれによってどのような「不幸」が生まれたかというのは、人間学の基本的なテーマである(日本では岸田秀の理論が、精神分析の側面から同じテーマを模索しているのは有名だろう)。

 しかしメルロ=ポンティが考察するのは、このような人間学的な側面だけではない。メルロ=ポンティに人間学的な考察がないわけではないが、メルロ=ポンティが重視するのは、世界と人間の個体を媒介する身体という構造である。人間は身体という器官を通じて世界と交渉し、世界を構築する。人間は身体なしでは人間ではありえず、世界は身体なしでは世界ではありえないのである。

 ここで重要なのは、人間が身体的な存在であるということは、プラトン的およびスコラ的な意味での制限であると同時に、人間が世界をもつことのできる可能性の条件であるということである。これは言い換えれば、人間が人間性をもつことができるのは、人間が身体という構造をそなえているからだということになる。

 中世の哲学とは異なり、人間は能動的な知性を授かるからではなく、動物たちとそれほど異なるわけではない人間的な身体をもつことによって、はじめて神の「似姿」になるのである。だから人間性という「本質」は、エンテレキーのような目的論によってでも、世界を超越する能力によってでもなく、身体的な構造によってはじめて可能になるということになる。

 メルロ=ポンティの人間学についてはさまざまな議論があるが、この考え方からは、身体という構造をそなえた存在であれば、それは人間と同じ位置にあるという結論が得られることを確認しておこう。以前にも指摘したように、動物と人間の区別を存在論の根底においていたハイデガーとは異なる視野が、ここから開けるはずなのである。

●世界の開示
 メルロ=ポンティが幻影肢についての考察から導いたのは、世界のうちにある人間という存在にとっての身体の原初的な役割であった。この身体の機構を考察する科学は生理学であり、精神の働きを考察する科学は心理学であるが、人間という精神=身体存在は、この生理学によっても、心理学によっても分析することはできない。

 身体にあらわれた精神の障害は、心的なプロセスが身体という器官に表現されたものであり、心的な障害も、精神の問題を身体的な出来事として表現するものにすぎない。

 この心理学と生理学の相補的な関係は、すでにフロイトで提示された考え方だった。人間の精神の障害は身体にその表現を見いだすというのが、神経症についてのフロイトの最初のテーゼだったからである。これに対するメルロ=ポンティの理論の特徴は、身体を心的なプロセスの器とみる以前に、人間が世界のうちに生きることを可能にする条件として、身体の存在論的な優位を想定することにある。

 しかしこの身体の優位についての考察が、生理学という道を通らないのは、それが存在論的な位格を所有しているからである。フッサールの現象学とハイデガーの存在論を踏まえたメルロ=ポンティが目指すのは、心的なプロセスにとっての身体の優位を確認しながら、これを生理学の方法によってではなく、世界と実存の現象学的な分析によって解明していくことにある。

 メルロ=ポンティは、この身体の存在論的な優位を告知するいくつかの現象を提示している。ここではその二つをあげよう。一つは人間が自己の身体の総体を認識することができないことである。現象学の志向性の概念が示したのは、人間が認識できるのは、つねに事物の射映にすぎないということであった。人間はものの全体を一挙に把握することができない。その部分しか知覚することができないのである。

 しかしこの認識の「欠陥」は、基本的に修正可能である。机はわたしの視点からしかし見えず、つねにその背後にわたしには見えない部分を隠している。しかしわたしは原理的に机の背後に回ることによって、以前はみえなかった部分を知覚することができる。もっともその際には、最初にわたしがみていた部分が今度は「背後」と化すのであるが、人間の「綜合」の能力によって、人間は事物の全体を認識することが原理的に可能である。

 これに対して人間は自己の身体については、このような認識を行うことが原理的に遮断されている。眼という器官には、自分にみえない部分が存在することで、他のものをみる可能性を確保する。もしもその「盲点」を無くそうとして、自分そのものをみようとすると、眼は「みる」という能力そのものを失うのである。

 人間の身体というものも、世界のうちでこの「眼」のような位置を占めている。メルロ=ポンティは自己の身体を知覚するためには、別の身体が必要であるが、今度はその別の身体が「見えないもの」と化してしまうことを指摘している。これはイデア論を批判したアリストテレスの第三の人間論と同じ構図であるが、みるという行為の逆説は、別のみるという行為では解消できないのである。

 メルロ=ポンティがあげるもう一つの例は、触覚である。わたしが右手で机を触っているとする。この右手は机という世界の事物の「手触り」をわたしに知らせてくれる。この世界に「触る」という行為は、他の手段では代替できない。左手で机を触った時に得られる感覚は、右手の感覚と同一のものではなく、それをいかなる生理学的なプロセスにも、心理学的なプロセスにも還元できない。

 この一回性で単独性の行為は、世界を告知するとともに、世界を知覚している人間の身体の経験の唯一性を告知するのである。左手の知覚も同じように別の経験を告知するが、それが右手に代わることはできない。もしも左手で右手に触っても、それによって達成されるのは、左手の新たな経験であり、右手の経験とはまったく異質なものである。

 これらの例が示すのは、人間が一回限りの時の流れにおいて、一回限りの世界のうちで生き、その世界のうちに実存しているという事実である。人間とはこの世界という「交流」であり、共生という事実だということができるだろう。人間は世界に実存することによって、世界を開示する。そして世界とは、人間が実存することによってはじめて開示されるものであり、人間の実存以前に「存在」するものではないのである。

●身体という魔術的な経験
 身体の運動というのは、近代哲学の最初からの謎の一つだった。デカルトが身体と精神を別の実体であり、実体どうしは互いに影響を与えあわないと主張した際に、その謎は明確に定式化された。しかしデカルトにその責任があるというよりも、この二元論的な思考方法は、近代の西洋における人間と自然の関係からかなり必然的に導かれる「系」のようなものだっただろう。

 デカルトは人間の身体の運動の背後に、時計を動かす時計技術者のような「神」を想定した。デカルトの理論を引き継いだ哲学者たちも、時計のような「機械」であるはずの身体と、その身体を動かす精神の自由との関係に困惑して、同じような比喩を次々と考え出した。時計技師の意志と人間の精神の動作との関係が、どう考えてもうまく表現できなかったからである。

 現代の哲学においても、まだ意志の自由の問題としてこの身体の運動のテーマがでてくることがある。分析哲学でよく指摘される「約束破りの自由」というテーマである。わたしが意志の自由をもっていることは、あなたの予言に反して、わたしが自由に身体を動かすことができることによって証明できるという十七世紀ものの論拠である。

 こうした議論がまだ生き残っていること自体に、人間の身体の動作と自由な精神の営みの関係がうまく解かれていないことが示されているが、メルロ=ポンティがこの「身体」の章で解明しようとしたのは、この身体と精神の謎である。

 メルロ=ポンティは、この問題が普通の形では解けないことを十分に認識していた。人間が身体的な存在であることは、哲学で「解明」するというのとは異なる性質の問題なのであり、それはたとえば人間の存在が時間の中でしかし考察できないのと同じような哲学的な「解明」を越えた事実性なのである。

 ただ哲学の営みとしては、これを事実性として受入れるだけでは空しいので、これについてさまざまな考察を展開する。メルロ=ポンティがここで提示する「魔術的な関係」(PP:110,JT:170)というのも、その苦し紛れの一つの表現である。

 身体は、知覚する主体であり、機能であると同時に、知覚される客体であり、対象である。身体は認識する理性のありかであると同時に、認識され、解剖され、分解される科学的な対象である。この二重性に身体論と心理学の可能性と困惑が潜む。心理学者は、身体という「魔術的な経験」をみずから体験しながら、あたかもそのような体験をしたことがないかのように、心的なプロセスを独立した科学的な客体として処理できるかのように振る舞う。

 メルロ=ポンティは、心理学者がみずから潜在的な記憶として所有しているものについて、みずからの個人的な体験にあたかも口を拭うかりのようにめを閉じ、それは他者の客観的な現象として語りだすことに、心理学のいかがわしさと問題性を見いだすかのようである。メルロ=ポンティはこの心理学の「科学的な構え」の欺瞞性を指摘しながら、心理学者も哲学者も同じく経験しているこの身体という「魔術的な経験」の根本に立ち戻る必要性を訴える。

●身体の絶対知
 身体という「像」を一つの全体性として考えようとすると、すぐに難問につきあたる。身体のさまざまな部分を司る神経系統の中枢が脳にあり、脳に身体の全体像が「マッピンク」されているというのが、脳生理学の知見だからである。そしてメルロ=ポンティがこれまで問題にしてきた「幻影肢」の問題も、ある意味では脳の問題だということはできるからである。

 この問題については、ベルクソンが一つの明快な考え方を示唆している。帽子を帽子掛けにかけるとする。帽子は壁に打ち込まれた釘にかかっているようにみえる。しかし釘がそこに打ち込まれ、帽子を支えているようにみえるとしても、釘を支えている壁や家の全体の構造がなければ、帽子を支えることはできない。

 たしかに釘がなければ、帽子をかけることはできなず、帽子は下に落ちてしまう。だがだからといって、釘が帽子を支えているというのは、事態をかならずしも正確に捉えているとはいえない。脳がなければ身体の運動は無意味になる。しかし脳が身体の運動を可能にしているというのは、事態の正しい表現ではない。

 メルロ=ポンティの課題は、このベルクソンの哲学的な表現を踏まえながら、どのようにして身体に固有の領域を捉え、認識し、その構造を明確に示し得るかということにある。すべての問題は脳の機能に還元しうるようにみえる。しかしここでわたしがあたかも「絶対知」(PP#117,JT:179) のように認識している身体の運動、位置、動作は、どのようにしてわたしに可能になり、この「絶対知」はどのようにしてわたしを訪れたのだろうか。

 このような問いは、ハイデガーの世界内存在の概念を出発点としながらも、それまでの哲学においても、生理学においても、心理学においても問われたことのない問いであり、メルロ=ポンティがはじめて問い掛けた初発の問いである。

 哲学の分野においては、すでにカントが空間における自己の位置の識別という問題を提起していたし、ハイデガーが世界において存在することの意味を問題にしていた。そして生理学や心理学の分野では多数の新たな知見が蓄積されているようである。しかしそれにもかかわらず、この問いの全体像を哲学的に答え得た人はまだいないというべきであろう。

 メルロ=ポンティがここで問いとして示しているのは、たとえばこの部屋の隣のテーブルの上にあるリンゴについて、それがテーブルの「上に」あるといい得るのはどのようにしてかということである。この「上に」という表現は、位置関係を示す前置詞を習得すればだれにでもいい得ることのように思えるかもしれないが、それほど簡単なことではない。

 たとえば自然言語を習得したコンピュータに同じ文章を表現させることは、それほど困難なことではない。しかし身体をもつ人間が世界のうちに存在しながら、テーブルの「上に」リンゴがあるということは、言語プログラムを記憶したコンピュータが同じ文を語ることとは異なる。
 
 人間がこう語った時には、テーブルをはずしたらリンゴが落ちるということ、そこにリンゴがあるためには、だれかがおかなければならなかったこと、リンゴがおかれるためには、栽培され、収穫され、販売され、購入されねばならなかったこと、位置関係が逆になって、リンゴの上にテーブルがあるということは普通の状態では成立しないことなどの無数の「暗黙知」を必要とする。

 この問題はコンピュータと人工知能の分野ではフレーム問題として表現されている事柄だが、コンピュータにはこれらの無数の暗黙的な知が欠如しているのである。さらに人間は、テーブルの「上に」リンゴがあると認知すると同時に、そのリンゴがどのような味がするか、それは「だれの」リンゴか、それを食べたらどうなるかまで、同時に認知する。

 逆にいえば人間は、身体をもつことによって、このようなリンゴの「意味」を理解するのであり、こうした「意味」についての認知なしには、リンゴの存在についても、空間の存在についても認知しようとしないかもしれないのである。
  結局のところ、わたしの身体はわたしにとって空間の断片でないどころ
  か、わたしに身体がなければ、わたしには空間はないというべきであろ
  う(PP#119, JT:182)。

●見ることと触ること
 このシュナイダー症例に関連して興味深いのは、「示すことと掴むこと」というゴールトシュタインの分析とは別に、メルロ=ポンティが「見ることと触ること」という哲学の「トポス」を取り出していることである。

 西洋の形而上学の歴史における視覚とまなざしの優位は揺るがないところであり、これは「テオリア」を重視したプラトンとアリストテレス以来の伝統といえるのだろうが、それでも見ることと視線の優位に対する異論は、脈々と流れてきた。

 それとは直接には関連がないのだが、シュナイダーの運動障害は重度の視覚障害をともなう。視覚障害が、後頭部の外傷によるものであり、運動障害がこの外傷を直接的なきっかけとしていることも確認されている。五〇メートル先で庭を掃き掃除している庭師は、「あちこちを往復する線」にしかみえないのである。これに対してシュナイダーは、運動すべき手足をじっと眺めていれば、抽象的な運動をすることができる。このことから、視覚的な機能と運動機能に重要な結び付きがあると考えられるのである。

 これを解釈する方法の一つに、ミルの説がある。「示す」ことや抽象的な運動は、視覚的な表象の能力に依存しているの。これに対して「掴む」ことや具体的な運動は、運動感覚や触覚に依存している。視覚障害が抽象的な運動を困難にしたが、視覚による表象能力よりも「動物的な」能力とみなされている触覚は残されていると考えるのである。

 触ることは動物的な本能に近く、表象することは人間の高度な能力であるに違いないという思い込みは、哲学史的にも根拠のあるものであり、簡単に否定することはできない。これについては、『形而上学』のアリストテレスと、『デ・アニマ』のアリストテレスでもニュアンスの違いが見られることを考えておくべきだろう。

 『形而上学』ではエイドスを見る人間の能力が、人間の至高の能力と考えられていたが、『デ・アニマ』では表象が理性の能力であることが認められながらも、触覚は一つの以上の複数の対象にかかわるという特質があり、人間の触覚は特別な性格のものであるために「人間の種族は動物どものうちでもっとも思慮がある」(421a20)といわれるからである。

 このように視覚と触覚の区別を持ち込むことは、哲学的には「馴染みやすい」のであるが、メルロ=ポンティはこれは「説明」にはなっても「了解」にはならないことを指摘する(現存在分析の流れを汲む「説明と「了解」の区別については、すでに述べた部分を参照されたい)。

 メルロ=ポンティは逆に、視覚機能が損傷したから「示す」という行為が困難になっているのではなく、指示するという「態度」がとれないから、視覚的な刺激が十分な反応を引き起こさないと考える(ここでメルロ=ポンティは触覚から急に離れて聴覚に話を転換するが、ここでも哲学的なトポすが働いていることに注意しよう。しかし見ることと聞くことの対比は、ここでは話が逸脱するので省略しよう)。

 メルロ=ポンティが指摘するのは、人間のさまざまな知覚能力や精神的および身体的な能力を、断片的に継ぎはぎすることはできないということである。人間の知覚能力の一番根底にあるのが、たとえば触覚であり、味覚や聴覚はそれよりも上位にあり、視覚がもっとも高度であり、人間の表象と理性を支える能力であると考えた場合には、視覚が失われても触覚がその下部の能力として「残っている」と考えることができる。

 これはコンディヤックの石像人間のモデルを思い出させる。コンディヤックは人間の能力を考察するために、石像に順番にさまざまな能力を与えていった。まず触覚、次に聴覚というふうに。しかし人間の諸能力は、細切れに感覚的な能力として与えられているのではなく、環境のうちにあって、環境を「構造化」しながら、これに意味を与えていくという形でしか、発現することができないのである。

 メルロ=ポンティは、触覚と視覚を別の能力として考えようとする「実証主義」的な理論が、哲学の「形而上学的な」問題に連れ戻されることを指摘している(PP:133, JT:202)。

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M. Merleau-Ponty, Phenomenologie de la Perception, Gallimard, 1945 TEL (PPと略記)
メルロ=ポンティ『知覚の現象学』(中島盛男訳、法政大学出版局)(JTと略記)
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