哲学空間ポリロゴス

バタイユ研究

中山 元

酒井 健

CiNii
最期のイエスの叫びとジョルジュ・バタイユの刑苦 : 『内的体験』の一断章をめぐって
酒井 健/言語と文化 (13), 1-21, 2016-01
ジョルジュ・バタイユと哲学 : 『ドキュマン』の時代へ向けて
酒井 健/言語と文化 (12), 1-47, 2015-01
存在と観照 ―バタイユの論考「80日間世界一周」をめぐって
酒井 健/言語と文化 11, 53-86, 2014-01-15
ジョルジュ・バタイユのエロティシズムについて : 高・低の二元論から連続性・非連続性の二元論への変化
Sakai Takeshi/法政大学文学部紀要 67, 1-11, 2013-10
日本人の継承 三島由紀夫と岡本太郎 : 歴史性と演劇性 (2012年度 言語・文化センターシンポジウム報告) -- (欲望と表現 2012バタイユ没後50年 : ポスト・バタイユ思想の展開)
酒井 健/言語と文化 (10), 145-162, 2013-02
《ロマネスク》概念の誕生--ノルマンディー好古家協会と好奇心の美学
酒井 健/言語と文化 (7), 1-41, 2010-01
言語と文化 ジョルジュ・バタイユの思想について--死の主題をめぐって
酒井 健/法政哲学 (3), 21-32, 2007
ポール・シニャックと喜びの風景画--モネとスーラの狭間から(後篇)
酒井 健/言語と文化 (3), 47-62, 2006-01
ポール・シニャックと喜びの風景画--モネとスーラの狭間から(前篇)
酒井 健/言語と文化 (2), 93-107, 2005-01

高橋 紀穂

CiNii
共同体の理論から表象の実践へ : バタイユ的転回
高橋 紀穂/追手門学院大学社会学部紀要 9, 39-55, 2015-03-30
コミュニケーションと道徳 : バタイユにおける
高橋 紀穂/太成学院大学紀要 17, 187-195, 2015-03
二元論の行方 : バタイユ的弁証法
高橋 紀穂/追手門学院大学社会学部紀要 8, 13-31, 2014-03-30
労働と言語 : 普遍経済学における
高橋 紀穂/太成学院大学紀要 16, 167-175, 2014-03
集団の生、個体の死 : バタイユの理論から
高橋 紀穂/CiNii PDF - オープンアクセス 機関リポジトリ
禁止と意味 : バタイユ理論における
高橋 紀穂/太成学院大学紀要 15, 169-178, 2013-03
内的贈与体験 : その二重性 : モースからバタイユへ
高橋 紀穂/追手門学院大学社会学部紀要 6, 29-57, 2012-03-30
奢侈としての意識 : 普遍経済学から見た意識
高橋 紀穂/太成学院大学紀要 14, 189-198, 2012-03
代理表象としての供儀 : 差延と至高性
高橋 紀穂/追手門学院大学社会学部紀要 5, 107-131, 2011-03-29
否定性の二重性 : バタイユによるヘーゲル
高橋 紀穂/太成学院大学紀要 13, 213-224, 2011-03
レイコフとバタイユの視座における「自殺と反道徳性」の研究--法言語学と法社会学による学際的アプローチ
森山 智浩 , 高橋 紀穂/近畿大学法学 58(2・3), 585-678, 2010-12
「今」と「瞬間」 : フッサール/デリダ/バタイユ
高橋 紀穂/太成学院大学紀要 12, 209-218, 2010-03
「意味の供犠」と「至高性」 : 言語論から制度論へ
高橋 紀穂/追手門学院大学社会学部紀要 4, 33-56, 2010
言語学と社会学のインターフェイスに基づく「前方-交換」概念の研究--語彙概念の導入による効果的な語彙習得へのアプローチ
福森 雅史 , 高橋 紀穂/語学教育部ジャーナル (5), 27-45, 2009-03-01
時間を忘れる : 表象と労働
高橋 紀穂/太成学院大学紀要 10, 141-151, 2008-03
デュルケムにおける宗教と教育 : 形式と思想
高橋 紀穂/追手門学院大学社会学部紀要 3, 137-149, 2008
死のコミュニケーション論
高橋 紀穂/追手門学院大学人間学部紀要 20, 91-104, 2006-03-15

福島 勲

CiNii
他者の記憶に触れるレネ=デュラスの『ヒロシマ・モナムール』における復興のイメージ (水本弘文教授・新村昭雄教授退官記念号)
福島 勲/北九州市立大学文学部紀要 -(81), 67-82, 2012
陰画の文学--バタイユのジュネ論から (特集 到来することば)
福島 勲/文学 12(1), 143-163, 2011-01
神仏習合の系譜(<特集>神仏習合とモダニティ)
ブッシイ アンヌ , 福島 勲/宗教研究 81(2), 259-282, 2007
ひとりひとりの死の場面で : バタイユの死の概念に見られる個別性
福島 勲/死生学研究 8, 503-518, 2006-11-25
「無目的=非-意味」化の意味 : バタイユの思想的特徴とその射程をめぐる一考察
福島 勲/仏語仏文学研究 29, 169-197, 2004-05-31
神話の可能性、供犠の必然性--バタイユ「魔法使いの弟子」における共同体の設計図
福島 勲/仏語仏文学研究 (27), 159-177, 2003
Sacrifice a travers textes : Le sens de la pratique litteraire selon Georges Bataille
福島 勲/フランス語フランス文学研究 82(0), 133-145, 2003
供犠の装置としての文学--バタイユにおける「文学」の地位
福島 勲/仏語仏文学研究 (24), 63-79, 2001
ありうべき道化の言説のために--G・バタイユ『内的体験』におけるディスク-ル
福島 勲/仏語仏文学研究 (17), 131-153, 1998-03

荻野 厚志

CiNii
ジョルジュ・バタイユとアンドレ・ブルトンの「魔術的芸術」について(研究発表要旨)
荻野 厚志/フランス語フランス文学研究 95(0), 220, 2009
ジョルジュ・バタイユにおける「呪術的芸術」について
荻野 厚志/美學 59(1), 15-28, 2008-06-30
バタイユとマッソン : 雑誌『アセファル』の誕生
荻野 厚志/フランス語フランス文学研究 83(0), 128, 2003
バタイユにおけるマチエールの問題
荻野 厚志/フランス語フランス文学研究 77(0), 118, 2000
バタイユによるゴッホ : 芸術と供犠
荻野 厚志/フランス語フランス文学研究 77(0), 117, 2000

岩野 卓司

CiNii
贈与は贈与にあらず!? : ジャック・デリダの贈与論についての一注解 (山田哲平名誉教授退職記念号)
岩野 卓司/明治大学教養論集 (526), 51-71, 2017-09
マルセル・モース『贈与論』と今日 (山口政信名誉教授退職記念号)
岩野 卓司/明治大学教養論集 (525), 65-79, 2017-09
中沢新一特別講義 日本人とは何か?
岩野 卓司/いすみあ : 明治大学大学院教養デザイン研究科紀要 9, 23-25, 2017-03
ジョルジュ・バタイユ『小さきもの』の家族と神学 : 起源についての問い
岩野 卓司/仏語仏文学研究 (49), 479-494, 2016
プルーストと供犠 : バタイユ流『失われた時を求めて』の解釈について (特集 プルーストと二十世紀)
岩野 卓司/言語文化 (32), 95-113, 2015-03
若森栄樹氏特別講義 ラカンとセクシュアリティー : 「性的関係はない」いう言葉をめぐって (小畑精和教授追悼号) -- (特別講義要旨)
岩野 卓司/いすみあ : 明治大学大学院教養デザイン研究科紀要 6, 115-117, 2014-03
「真面目な」バタイユ : バタイユからデリダへの「継承」について (2012年度 言語・文化センターシンポジウム報告) -- (欲望と表現 2012バタイユ没後50年 : ポスト・バタイユ思想の展開)
岩野 卓司/言語と文化 (10), 227-241, 2013-02
『わが母』と家族-神学
岩野 卓司/明治大学教養論集 (466), 1-15, 2011-03
西山雄二氏の解説と記録映画『哲学への権利--国際哲学コレージュの軌跡』の上映ならびにシンポジウム「哲学とは何か?大学とは何か?」 (映像資料活用による学際的アプローチの醸成プログラム要旨)
岩野 卓司/いすみあ 3, 160-163, 2011-03
『眼球譚』における「裸」
岩野 卓司/仏語仏文学研究 (42), 207-217, 2011
語りのポリティクスと他者--アルチュセール、バタイユ、レヴィナスをめぐって (特集 語り)
岩野 卓司/いすみあ 2, 3-10, 2010-03
La divinite chez Georges Bataille
岩野 卓司/THE JOURNAL OF HUMANITIES MEIJI UNIVERSITY 15, 19-49, 2009-03-31
バベル--聞くことと翻訳 (特集 聞く・聴く・効く)
岩野 卓司/いすみあ 1, 72-75, 2009-03
内的経験の内と外--ジョルジュ・バタイユの経験思想における「外」の探求
岩野 卓司/明治大学教養論集 (442), 1-32, 2009-01
「未知なるもの(l'inconnu)」(あるいは「非-知(le non-savoir)」)の現れ--ジョルジュ・バタイユの内的経験についての研究
岩野 卓司/明治大学教養論集 (438), 1-25, 2008-09
ジョルジュ・バタイユ哲学研究のための序説
岩野 卓司/明治大学教養論集 (436), 1-26, 2008-09
L' 《economie generale》et le don solaire-une reflexion sur la pensee economique de Georges Bataille
岩野 卓司/THE JOURNAL OF HUMANITIES MEIJI UNIVERSITY 14, 1-20, 2008-03-31
内的体験のブランショ革命--ジョルジュ・バタイユによる「無神学」の出発点についての考察
岩野 卓司/明治大学教養論集 (432), 1-20, 2008-03
内的体験と起源--『至高性』と『エロティシズム』におけるジョルジュ・バタイユの方法についての考察(2)
岩野 卓司/明治大学教養論集 (426), 51-65, 2008-01
ニーチェとナショナリズム--同一性と非同一性
岩野 卓司/明治大学教養論集 (421), 1-22, 2007-03
内的体験への回帰--『至高性』と『エロティシズム』におけるジョルジュ・バタイユの方法についての考察
岩野 卓司/明治大学教養論集 (408), 53-72, 2006-03
ジョルジュ・バタイユの「普遍経済(economie generale)」
岩野 卓司/明治大学教養論集 (393), 35-57, 2005-03
実存主義のパラドックス--ジョルジュ・バタイユ「普遍経済学」研究序説
岩野 卓司/明治大学教養論集 (366), 75-105, 2003-01
文学の真理(2)『不可能なもの』とその序文--ジョルジュ・バタイユにおける内的体験の思想と文学作品を繋ぐもの
岩野 卓司/明治大学教養論集 (356), 21-52, 2002-03
文学の真理(1)批評と序文--ジョルジュ・バタイユにおける内的体験と文学作品を繋ぐもの
岩野 卓司/明治大学教養論集 (353), 1-23, 2002-01
裸であること(2)『眼球譚』の場合--ジョルジュ・バタイユにおける内的体験の思想とエロティック文学を繋ぐもの
岩野 卓司/明治大学教養論集 (346), 17-43, 2001-03
裸であること(1)『マダム・エドワルダ』の場合--ジョルジュ・バタイユにおける内的体験の思想とエロティック文学を繋ぐもの
岩野 卓司/明治大学教養論集 (341), 35-57, 2001-01
L'experience interieure et la communication dans La Somme atheologique de Georges Bataille : l'interpretation <> de l'experience et le scientifico-objectif
岩野 卓司/フランス語フランス文学研究 76(0), 181-192, 2000

市川 崇

CiNii
シュル・ファシズムとネオ・ソシアリズム : バタイユ、ドリュー(1) (牛場暁夫教授退任記念論文集)
市川 崇/藝文研究 (101), 101-81, 2011
神秘主義の失墜--社会学研究会の活動に見るバタイユの政治姿勢について
市川 崇/藝文研究 (91), 116-90, 2006
「神話とその賭金」 ジョルジュ・バタイユにおける神話表象の意味についての一考察
市川 崇/藝文研究 82, 368-354*, 2002-06-01
「死に行く自我」と書く手
市川 崇/藝文研究 78, 359-345*, 2000-06-01

CiNii
革命とドン・ジュアニスム--ジョルジュ・バタイユ『空の青』に見る分裂と反復の政治学
市川 崇/慶応義塾大学日吉紀要 フランス語フランス文学 (51), 87-117, 2010
悪の使用価値--バタイユの思考における「悪」の概念について(1)
市川 崇/慶応義塾大学日吉紀要 フランス語フランス文学 (37), 29-52, 2003
ジョルジュ・バタイユとロジェ・カイヨワによる供犠の社会的機能について
市川 崇/慶応義塾大学日吉紀要 フランス語フランス文学 (34), 41-58, 2002